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マウリツィオ・ポリーニの訃報に接して [音楽を聴いている]

今年の3月26日に82歳で亡くなった、イタリアのミラノ出身の世界的なピアニスト、マウリツィオ・ポリーニ(Maurizio Pollini 1942~2024年)のピアノについて語るのは、私にとって難しいことです。たしか私が中高生のころ、初めて彼の演奏(ドイツグラムフォンに録音されたショパンのエチュード)を聴いた時に私が受けた衝撃は、今でも良く覚えています。その後、ショパンのポロネース集や、ウェーベルンのピアノのための変奏曲 Op. 27とブーレーズのピアノソナタ第2番が収録されたレコードを夢中になって聴いたものの、それ以降、私は何故か、彼のピアノ演奏に対する興味を失ってしまい、彼の録音をそれほど聴かなくなってしまいました。

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マウリツィオ・ポリーニ「ショパン 練習曲集」(1972年)

従って、私にとって、ポリーニのピアノ演奏について語るということは、私はなぜ、彼のピアノ演奏に対する興味を失ってしまったのか、その理由を説明するということになります。そしてそれは、既に40年近く経った今でも、よく分からない、(私にとって)説明するのがとても難しいことす。

そんな私なのですが、一つだけ言えることがあります。それは私自身の非常に勝手な考えなのですが、私はクラシック音楽、特にピアノ独奏曲の演奏に「優美さ」を求めているということです。そして、それは、演奏者のインプロビゼーション(「即興」= 型にとらわれず自由に思うままに作り上げる、作り上げていく動き)無しに得られないものだと思っているのです。

当時の私は、ポリーニのピアノ演奏に、そうした「即興性」を感じ取ることが出来なかった。ただ、この一点において、私は彼のピアノに対する興味を失ってしまったということだと思います。彼の最高傑作と評される演奏がショパンの練習曲だったということこそ、まさしく、その意味において首肯できるものと思えてなりません。

なんだか、死者に鞭打つような文章になってしまい、慙愧に堪えないのですが、彼の訃報に接して以来、ずっと私の頭に引っかかっていたことをなんとか整理できたような気がしたので、敢えて、こうしてアップすることにしました。もう一度、機会を見つけて彼の演奏を聴いてみようと思います。そこで私が今度は何を感じるのか、とても興味があります。「音楽」を聴くということは、決してただの受動的な行為ではありません。


こちらはYoutubeにアップされているポリーニが演奏した「Pierre Boulez - Piano Sonata no. 2 (1947-48)」

ちなみに以前、私がポリーニについて書いた記事はこちらです。興味のある方は読んでみて下さい。
「ポリーニの弾くショパンのポロネーズは私にとって、とても大事な演奏の一つです」
 →https://syoso-chunen.blog.ss-blog.jp/2012-10-05
「昨夜自宅で、エアチェックしておいた、ポリーニの弾くプロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番を聴きました」
 →https://syoso-chunen.blog.ss-blog.jp/2016-03-01


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